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小泉八雲が愛したものとは?出雲の神道とゴーストリー

神道

小泉八雲って、
なぜ、こんな名前なの?

日本に帰化したのはなぜ?

 

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出典:ウィキペディア

 

小泉八雲
ラフカディオ・ハーン。

「耳なし芳一」や「雪女」などの怪談が有名なので、
私も、それ以外はまったく知りませんでした。

 

ところが、先月、久しぶりに出雲大社を参拝してから、

 

たまたま、本屋で見つけた
小泉八雲の「日本の面影」を読むと、
一挙に出雲の記憶が鮮明によみがえって来たんです。

 

なぜ、八雲が

これほどまでに、
日本を信仰し、全身全霊で日本人と共鳴しようとしていた
していたのか、

同時に、
日本人の神道は、どういうものなのか、

強く、深く考えさせられました。

 

私達日本人のDNAの深いところで、
八百万(やおよろず)の神への信仰は深く行き続けていて、

目に見えない物:「ゴーストリー(霊的なもの)」への信仰も
体に染みついているんですね。

 

同時に八雲は、
英語の教師をしていたのですが、

その際、生徒たちに、日本人であることの誇りと、
優しい課題で英作文をする事を教え、

そこから、私達、
日本人ひとりひとりの共通の「声」を読み取って行きます。

 

私達の奥底には共通の魂が息ずいている。

目に見える物でなく、
五感で感じるゴーストリーな物を
大切にしている国民なんだ・・・。

 

小泉八雲に、
日本人であることへの誇りを
教えてもらえた気がします。

 

 

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小泉八雲

 

小泉八雲の本名はパトリック・ラフカディオ・ハーン
アイルランド人の父と、ギリシャ人の母の間に生まれたイギリス人です。

父の仕事の関係で、世界各地を転々としてからは、

 

両親が離婚。

 

彼の叔母の家庭に引き取られましたが、
厳格なカトリックの家庭に引き取られた上に
教育も、カトリックの学校だったため、
少年期はキリスト教が大嫌いだったようです(-_-;)

 

成人するまでだけでなく、

成人してからも、

様々な苦労を体験しましたが、

 

アメリカの出版社のジャーナリストとして頭角を現し、
世界各地を仕事で回ったのち、
通信員として、来日。

 

出版社の意向と八雲の考えに違いがあったので、
出版社との契約を破棄。

島根県松江市で英語教師として職を得ます。

 

彼は来日してすぐ、
キリスト教と全く違う、日本に強烈に魅了され、
日本人の庶民の信仰心・神道に深く深く入り込んでいくんです。

 

「日本の面影」は紀行文で
八雲が初めて横浜を訪れて、受けた衝動から
はじまって、

 

松江で体験した庶民の生活、出雲大社で受けた感銘
等々が、

まるで、自分が「その場」にいるような描写で
克明に描かれており、

例えるなら、
司馬遼太郎の「街道をゆく」的な感覚で
一挙に読み切る事ができました。

 

彼がその中で書いている言葉の中に、
「ゴーストリー(霊的なもの)」という言葉があります。

 

ゴーストリーは、幽霊・お化けといった意味だけでなく、

神道・宗教。

スピリチュアル・超自然的な、
などの意味も含んでおり

私達日本人のDNAに深く刻まれた
神道・信仰と魂を表現した語句なんです。

 

実際、本当に、彼自身が現地に行って、
その雰囲気を全身で感じ取って、

語句にしていったんだ、ということがわかるんですね・・・。

 

八雲山でゴーストリーな体験

 

私が家族と共に出雲大社に行ったとき、

まず感じたのは、

何か目には見えないけど、
古代から、神の国として信仰されつづけていた
畏敬の念というか、

畏れ多い何かの力

 

境内の中は、たくさんの樹木が植えられているし、
癒しの空間である事に間違いはないんだけれど、

私達が知りうる「物体」ではない、
何か、ものすごい力のあるものが
目の前に「有る」という

ありがたい気持ちでした。

 

八雲も、この目に見えないゴーストリーな力を
全身で感じていたんだろうか・・・・と

本を読みながら、
鮮明に思い返したりして・・・。
(^^)

 

八雲は、出雲大社から、特別に
昇殿を許されます。

 

昇殿とは、皇族などの皇族が許されて、
神社の社殿の奥まで入る事で、
これが許された西洋人は、

ほとんど、まれ。

 

八雲と懇意にしていた関係者からの
紹介があったという幸運もあったんでしょうが、

 

それ以上に、
彼は何かに導かれていたんでしょうね。

 

彼自身、
住居を持っていてた松江から、
何回が、出雲に通ったそうですが、

 

きっと、ゴーストリーな経験もあった八雲も
行ったであろう八雲山に
前回、私達家族も行っていたんです。
(^^)

 

 

そうは言っても、
八雲山自体は、「禁則地」

私達庶民が唯一行けるのは、
八雲山に登る前にある

「八雲の滝」なんですね。

 

出雲大社を外れて、
左側を大きく回ると、

小さな小川が流れていて、それに伝って歩いて行くと、

こんな石碑があるんです。

八雲の滝

 

いかにも、
昔話にでてきそうな古びた石碑・・・。

 

ここを折れてからは、
細い細い道が続いて行って、

 

さらに奥に行くと、

完全な山道が出現するんです。

 

人はまったく居ない、静まり返った山道・・・・。

 

居ないのに、

誰かがじっと見ているような
緊張感がありました。

 

八雲の滝はパワースポットと言われていたから、
という事もあるんですがヾ(;´▽`A“

 

どちらかというと、
私自身、人が居ない所の方が好き。

 

出雲大社は、参拝者も多く、
もうひとつ、
出雲のパワーを感じられないような気もしたので、

本殿に行く前に、八雲山に行ってみたんです。

 

目に見えない何かがある。

 

八雲山は霊山というより、
古墳なのかもしれない・・・。

 

ぼんやり・・・
そんな事も感じました。

 

小泉八雲の名前は、

「小泉」は奥さんである節子さんからもらって
(小泉節子)

「八雲」は、出雲の国の枕詞の「八雲立つ」から取った
という説があります。

それはおそらく事実なんだろうけど、

八雲山の一端に行った者としては、
ゴーストリーな雰囲気を味わったので、

もしかしたら、

「八雲って名前は八雲山から取ったんじゃないなぁ~・・・・」

という気もしたんです。

 

八雲は幼少の頃から、
何度も幽霊に遭遇したのだそうですが、

そうしたゴーストリーな体験を通して、
文献や科学的なもので表現できない、

「感覚」で感じ取れる神道を
私達庶民の生活の中に、

そして、出雲の中に感じていたんじゃないのかなぁ・・・と
「日本の面影」を読みながら
感じていました。

 

出雲の国:神道を感じる

 

小泉八雲は、この世にあるすべてのものに、

ゴーストリーを感じ、内にやどる霊的なものに
共鳴していたんだと思います。

というか、
共鳴できるまで、深く深く、
入り込んでいった。

 

彼自身、幼少の頃から、
世界各地を転々として、
いろいろな人々と接してきたから、

 

どうすれば、その場の人々に共鳴できるか、
実体験として知っていたんじゃないか。

 

文章などで読んでも、
わからない。

 

自分が実体験することではじめて、
「知る」事ができるんですね。

 

八雲は、

「神道というものは、書物を読む事でも、
戒律や儀式の中にあるものでもない。

むしろ、
国民の心の中に魂として息づいている」

 

という事を記載しています。

 

出雲の人々は、農作業をする時、
漁業をする時、

 

その度に、神様に手を合わせていました。

 

出雲だけでなく、
私達は、魂で神を畏れ敬う気持ちが
先祖代々、息づいているんじゃないかと。

 

ゴーストリーなもの・力を感じる力は、
私達の中に今でもあるんですね。

 

そして、その中で、子供・家族・お年寄りに
対する深い愛情も
培ってきたんだと思います。

 

八雲が晩年執筆した「怪談」は、
私は今でも、怖くて、読めないのですが
( ̄_ ̄ i)

 

死んでも尚、思い続ける念の力・愛の力・
神道の一端を八雲に教えていただけた・・・と

思います。

 

 

ぽちっ!としてもらえるとうれしいデス♪

 

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