社領(しゃりょう)とはなんでしょう?















端的にいえば、
神社の自領の事です。

歴史的背景から、
どのように、整備されてきたのか、

詳細を解説しますね




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社領(しゃりょう)とは?

寺社領とは、
寺社の維持・運営のため、
神社が領有する土地(所領)のことです。

寺の所領を寺領(じりょう)といい、
神社の所領を社領と言います。

神田について

神社の社領は、
神田(しんでん、かんだ)が
起源になっています。

神田は、

  • 御戸代(みとしろ)、
  • 御神田(おみた、おんた)、
  • 大御田(おおみた)

とも言います。

この神田は、
大化の改新(7世紀)以前から
存在ししていました。


律令制下での神田

7世紀後半
律令制度が施行・整備され、
土地が、口分田などの班田収授の体系に
組み込まれていきました。

しかし、

神田や寺田は、
班田の対象外とされました。



神田・寺田は、
神社・寺院の所有物ではなく、
神様や仏様に帰属すると考えられていた
からです。



だから、
神田や寺田の売買は禁止されていました。


封戸(ふこ)について

律令制度は、
戸主とその下に編成し、
貴族に対する貴族に対する封禄(給料)として、
朝廷からが与えられました。

これを封戸(ふこ)と言います。


戸がある国の国司が、
(租庸調)の徴収を行い、
租の半分と庸調の全部が、
戸が与えられた封主のもとに納入されたものです。


封戸には、以下のものがありました。


  • 位封(いふ) ・・・ 位階に応じて支給
  • 職封(しきふ) ・・・ 大納言以上の官職に支給
  • 功封(こうふ) ・・・ 五位以上の者で功績に応じて支給
  • 別勅封(べつちょくふう) ・・・ 天皇から特別に支給
  • 院宮封(いんぐうふ) ・・・ 中宮、上皇、東宮などに支給
  • 寺封(じふ) ・・・ 寺院は、封戸支給の対象外。




例外として期間を5年に限定して寺院に支給。


その他に、
制度外の封戸として、
神社に対し支給された封戸である
神封(じんぷ)があり、

神封の住民は、租税や課役を神社に納め、
祝などの役職を務めることで神社に奉仕しました。

この住民を神封戸(じんふこ)と呼びます。

墾田開発(ふこかいはつ)と神郡(しんぐん)

上述の神田、封戸以外に、
神社は、
墾田永年私財法を基に墾田開発によって得た
荘園を持っていました。


この荘園神郡が、
神社の大きな収入源になった
のです。

令集解(りょうのしゅうげ)』には、
養老7年に8郡の神郡が記載されています。

  • 伊勢神宮 ・・・ 度会郡、多気郡
  • 安房神社 ・・・ 安房郡
  • 香取神宮 ・・・ 香取郡
  • 鹿島神宮 ・・・ 鹿島郡
  • 熊野大社・出雲大社 ・・・ 意宇郡
  • 日前神宮・國懸神宮 ・・・ 名草郡
  • 宗像大社 ・・・ 宗像郡(宗形郡)


平安時代中期以後

平安時代中期以後、
荘園制度が徐々に崩壊していきます。

神社では、社家が、荘園を分割支配し、
収入を確保しようとした
のです。

社家は、
次第に荘園を自己の家領として私物化し、
第三者に譲渡することもあったそうです。


荘園制崩壊と朱印領

平安時代、寺社は、
寺領・神領と呼ばれる広大な所領を持っていましたが、
戦国時代に諸大名によって所領が侵蝕され、
豊臣秀吉太閤検地でほとんどの所領を失いました。



江戸時代、幕府や大名より、
朱印状、黒印状が出され、各寺社に、
かつて領有していた土地の一部が返還され、
寺社領が認められました




これを朱印領黒印領といいます。

厳密には、朱印地・黒印地は、
寺社の私有地ではなく公領という扱いVでした。

しかし、

領内の租税は免除され、収益は全て寺社のものでした。

明治政府の地租改正

明治時代になると、
地租改正上知令により、
境内以外の土地が没収されてしまいました。

事実上、寺社領は消滅したんです。

まとめ

神社は、もともと神田を所有していました。

律令制のもとで、
神戸、神封、墾田開発により
莫大な荘園(社領)を得ました。

しかし、

戦国時代に諸大名により浸食され、

太閤検地で社領は完全に消滅します。



江戸時代になり、
わずかな社領が、
朱印領・黒印領として返還されるも、



明治時代になると、
境内以外の土地は没収されたのです。



現在、神戸や伊瀬領などの地名が残っていますが、
これは昔は社領だった名残
です。



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