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社家(しゃけ)とは?

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社家(しゃけ)とはなんでしょう?

  

日本の身分制度の一つといえます。
  
ある一定の神社に
相続的に仕える神職の家柄(氏族)の事です。
  
詳細を解説しますね

 

社家(しゃけ)とは?

社家(しゃけ)とは、
とある神社の神職社僧の職
世襲してきた家や氏族
を言います。
  
平安末期の律令制度の崩壊とともに、
職が自分の子にその職を継がせることが多くなりました。
  
明治4年太政官布告で神職の世襲は廃止されました。
  
第二次世界大戦後
神社が、政府の管理から離れ、
旧社家、維新後新社家、戦後新社家、
新社家、分社家などにより、
神職が再び世襲されるようになりました。
  

旧社家は、
明治維新以前に神職を世襲していた家を言います。
  
維新後新社家は、
神仏分離令で失職した仏教の僧侶
武士、平民が明治時代に神職になった者の子孫です。
  
戦後新社家は、
戦後、皇族や華族、神職家系ではなかった人が、
國學院大學などで神職資格を得て
神職となった者の子孫で、
新社家、分社家は、
神職の家系で家督相続できなかった者が、
別の神社の神職になった者の子孫です。
  

社家の分類

有名な社家は、下記のように分類できます。

    1. 中臣氏・大中臣氏を始祖とする者
    2. 中臣氏(なかとみうじ)、
      大中臣氏(おおなかとみうじ)は、
      天児屋命(あめのこやね)を祖とする
      中臣」「大中臣」を氏の名とする氏族です。
        
      古代日本で、
      忌部氏とともに神事や祭祀をつかさどった中央豪族です。
        
      鹿島神宮・香取神宮・春日大社の社家として有名です。
        
      伊勢神宮の伊勢祭主
      神祇大副を世襲した
      藤波家、伊勢皇大神宮(伊勢神宮内宮)の
      祠官を世襲した
      荒木田氏(あらきだうじ)も
      中臣氏、大中臣氏の子孫です。
        

    3. 神社ゆかりの神様を始祖とする者
    4.   
      猿田彦神社の社家は、
      宇治土公氏です。
        
      猿田彦神は、
      ニニギの天降りの先導を終えた後、
      伊勢の五十鈴川の川上に鎮まりました。
        
      その子孫の大田命(おおたのみこと)は、
      天照大神を祀る地として
      倭姫命(やまとひめのみこと)に
      五十鈴川川上の地を献上しました。
        
      大田命の子孫は、
      宇治土公(うじのつちぎみ)と名乗り、
      邸宅内の屋敷神として
      祖神の猿田彦を祀っていたました。
        

      これが現在の猿田彦神社になっています。

        
      宇佐神宮の社家には、
      辛嶋氏、大神氏、宇佐氏(宇佐国造)、
      田部氏、到津氏、宮成氏などがあります。
        
      もともと八幡神は
      道教的韓国シャーマニズム
      北辰神・弥泰神(やはた)であり、
      渡来人の秦氏が祀っていた神様でした。
        
      秦系の辛嶋氏は、
      宇佐国の拠点である鷹居を占拠し、
      ここに宮柱を立て、宇佐国を支配しました。
        
      伏見稲荷大社の社家である大西氏も
      秦氏の子孫です。
        

    5. 国造などの豪族を始祖とする者
    6.   
      天照大神素戔嗚尊
      誓約によって生まれた
      宗像三神を祭神とする
      全国宗像神社の総本社・宗像大社
      社家である宗像氏は、
      海洋豪族(海人族)として、
      宗像地方、響灘西部から
      玄界灘全域に至る広大な海域を支配していました。
        

    7. 手柄などで神社の神職についた者
    8.   
      宇都宮大明神の社家・宇都宮氏の先祖は、
      藤原北家の藤原道兼のひ孫、藤原宗円です。
        

      藤原宗円が、
      源頼義、義家の奥州安倍氏討伐(前九年の役)での
      功により宇都宮の別当職に任じられ、
      宗円の孫から苗字として宇都宮氏を名乗りました。

  

このように社家は、
歴史の舞台に
華々しく登場した者の子孫だったりすることもあります。
  
社家について調べてみると、神社の由来や格式が理解できます。

 

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