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高野山の壇上伽藍(だんじょうがらん)って、
どういう意味?

密教の仏像が
たくさんいらっしゃるそうなんだけど…。

高野山開創の神様(丹生都比売・狩場明神)
も祀ってるって本当?




先週、長年、
我が家が通い続けてきた
宝塚市の清荒神に初詣に行った際、

空海さんも大いに関係があるという事が
わかったんです。(。☉౪ ⊙。)



私はずっと神社が好きで、
参拝するのは、神社ばっかりだったんですが、

私の祖母・祖父の代からずっと、
清荒神に参っていて、

もしかしたら、
清荒神に祀られている
本尊:大日如来様、
不動明王様
弘法大師様、
四天王様

私を、私達家族を、
守ってくださっている・・・・

単純ですけど、そう感じたんですね。
(^^)





空海といえば、
高野山(゚ー゚)(。_。)。

そして、

高野山開創に欠かせない、
丹生郡比売神社(にうつひめじんじゃ)
も参ってきました。



それでは、いってみましょう~(^^)



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高野山:壇上伽藍とは?

壇上伽藍(だんじょうがらん)とは、
816年(弘仁7年)から、
弘法大師:空海が
建設を開始した真言密教の大伽藍の事。


「壇上」とは、
修行の道場、又は大日如来が鎮座する壇。

そして、

空海が、唐で学んで、
正当な後継者として認められ、

そのオリジナルな密教の世界観・
教義(曼荼羅思想)を
仏像や仏画・宗教的建造物によって、
目に見える形として表現したのが「伽藍」です。



壇上伽藍1

(この立体曼荼羅は、
壇上伽藍はもちろん、

京都の東寺にもあって、
こちらも、本当に見ごたえがあります!)

曼荼羅について書き出したら、
大変なので、今回は省略!(^^;)




また、機会を見つけて、
少しづつ調べて、書いていきますね♪


「伽藍」はそもそも、
インドのサンスクリット語「サンガーラーマ」
を漢字に当てて表記したものなんだそうです。
 
しかし、実際は、
資金不足等、
いろいろな問題もあって、建設は遅れ、

その完成は、
空海さんの存命中ではなく、

889~898年の寛平年間まで、
かかりました。


そのあとも、
壇上伽藍は災難続きで、
(; ̄ー ̄A

火災や落雷などに見舞われ、
金堂は7度・根本大塔は5度も再建を繰り返し、

1983年(昭和58年)の
東塔の再建をもって、
現在の伽藍配置の完成となりました。



東とう

昨年、
高野山が開創して1200年という事もあって、

172年ぶりに再建された
壇上伽藍正門にある中門も含めると

現在の境内の建造物は19棟になります。



それだけ
大がかりな建造物があるという事は、

壇上伽藍は、
高野山を開いた空海が、
最初に造営を開始した伽藍であり、

高野山真言宗発祥の地であるため、

奥の院とともに、
高野山の二大聖地と呼ばれるパワースポット
という事(゚ー゚)(。_。)。


重要な儀式は現在も
壇上伽藍の金堂根本大塔で行なわれています。



高野山では、
高野山に所在する寺院だけでなく、
全国の弘法大師:空海のゆかりのあるお寺からも
法要をしに来るとのこと。


すなわち、



壇上伽藍は、
空海が、唐より学んで持ち帰り、
構想した曼荼羅の世界を現わした場所で、
真言密教の道場としての中心地という訳ですね。
(^^)





壇上伽藍の伽藍配置

伽藍配置図

出典:http://www.geocities.co.jp/

※クリックすると拡大します♪



壇上伽藍は、「胎蔵曼荼羅」を表していると言われており、
配置されている仏教建造物(伽藍)は、
独特の配置であり、

弘法大師:空海が、
配置を考えたとされています。






書き出すと、難しくて、説明しきれないので、
ざっと書きますが、(^^;)





壇上伽藍は、
空海の伝える、真言密教の根本道場としての、
伽藍配置になっているんですね。





中心は金堂ではなく、東西の二基の多宝塔と、
金剛界・胎蔵界の五仏を安置して
伽藍の中心としています。

すなわち、

空海の説く、
両部曼荼羅(りょうぶまんだら)・両界曼荼羅を、
根本大塔と同じように
視覚的に表現した曼荼羅という事。

参拝順序は、

金堂に右肩を向け、
時計回りに巡るのが正式なんだそうです。


壇上伽藍:中門

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今回、久しぶりに壇上伽藍を訪れて、
最初に見て、

しばらく動けなくなってしまったのが、

この中門を見上げた時。(^^)



中門
中門はもちろんですが、
中に鎮座する四天王のインパクトが強烈なんです。
(゚ー゚)(。_。)

昨年、私自身、開創1200年には、
事情があって、参拝できませんでした!
((T_T)うーん・・・残念!!)

再建されたので、現在は見事な風貌ですが、
高野山開創期、
実は、鳥居のような形だったそうです。



これは、結界の役割をはたして、
いたのだとか。



現在の中門は、
鎌倉時代の建築方式を採用して設計されている、とのこと。

今回が初めてだったのですが、
本当に素晴らしかったです!!

何がって?

もちろん!
四天王です。


私が知っている仏像は
かなり古く、かびたような印象が強いのですが、
(; ̄ー ̄Aすみませーん。



こちらの4体の仏様は、
本当に綺麗で「現在風」の感が強いです。

前面の持国天多聞天は、
1820年(文政3年)に再建されたもの。




仏像1


仏像2


背面にある、増長天・広目天は、
東大寺の金剛力士像等を手掛けた仏師一派によって、
今回、新しく再建された物。
仏像3

仏像4

私達家族は今回、

九度山の真田庵、丹生郡比売神社と参拝してから、
車で登ってきたので、
時間があまりありませんでした。
(>人<;)

だから、

写真を速攻で撮って、
すぐ、次に移動してしまったんだけど、

時間があれば、
これらの四天王様に話しかける事もしてみたいな・・・と
強く思いました。






壇上伽藍の御社(みやしろ)

さて、

壇上伽藍の、向かって、
左奥にひっそりとあるのが、

御代(みやしろ)です。



御代

私は壇上伽藍でまず、ココを見つけたかったので、
中門を撮影してから、

御代まで走っていきましたwww。

だってここが、

弘法大師:空海が
高野山を開くにあたって、
初めに祀ったお社という事なので、

かなりお力のある神様なんだ!



と直感で感じていたからです。

こちらには、

高野山の創建に関わる地主神。

丹生明神(丹生都比売大神 )
高野明神(狩場明神)

そして、

十二王子・百二十供神が祀られています。



御代2

私達が参拝したのは
1月初め。

かなり寒かったので、
他の参拝者も少なめでしたから、
神社の前に行って、
比較的、大きな声でお話しもしてきました。
(^^)
神社・仏像の前で声に出して
話すって、結構大切みたいですよwww。





目に見えない力って
本当にあると実感しているので、

相手のお声は聞こえなくとも、
自分の今の気持ちを伝えるだけでも、

神様・仏様は
「うんうん・・。そうか・・・」って

聴いてくださってるって感じるからです。
(^^)





終わりに

年初めに、駆け足で回った高野山と丹生郡比売神社。
(^^;)

とりあえず、神様・仏様にご挨拶できた、
という事で今回は満足しました。





私は、小学生の頃から、
高野山には林間学校で行って宿泊したりしてたんですけど、
とにかく、観光客が多いんで、

ぜんぜん、「聖なる」という気持ちになれなかったんです。
(゚ー゚)(。_。)。







今回は、高速でしたけど、
とにかく寒いもんで、
他の観光客が少なかったんです。

だから、

他の人が居ない場所で、参拝できて、
ラッキーでした。

空海さんにも、ご挨拶できたかなぁ~・・・。

「おぉ!おぉ!寒いのに、よう来たな。
また、今度、暖かくなってから、家族でいらっしゃい♪」

って言ってくださったと思って、帰宅いたしました。


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ぽちっ!としてもらえるとうれしいデス♪




丹生都比売神社の記事はこちらです♪(^^)

弘法大師が高野山開創で導かれた神社!丹生都比売神社は最強の神様!