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「人事を尽くして天命を待つ」ってよく言うけど、
どういう意味なんやろ?

今ある仕事を一生懸命してたら、
神様は、私に何かくれるんかなぁ~・・・。




窓の外

そのとおり!!



私達は、自分達で生まれる事を望んで
ある日、「ぽーん♪」と生まれ落ちました。

生まれた時は、生まれる前の記憶なんて
何にもなくて、

生まれた環境について、
「なんで、こんな所に生まれたんだろう?」

なんて、生まれた事自体を恨んだりして
不満で一杯になったりもします。
(私がずっと、そうでした)



でも、実は
今生まれ落ちた環境は、
自分が生まれる前に、自分で決めた家庭であり、

親・兄弟、なんです。


私自身、それを始めて自覚できたのは、
本当に最近なんですが、(; ̄ー ̄A


逆に、
自分が決めたんだから、
自分がやりたい事、成し遂げたい事のは、
もうすでに自分の周りに揃っている!!



という事も自覚できたんですね♪


あとは、
自分がその環境でどれだけ、手を尽くして
努力をするかにかかっている。

根気よく、
自分に与えられた環境でできる限りの事を
やり続ける・・・・。

すると、

神様・仏様は、思わぬ方向から、手を差し伸べてくれます。

自分が考えていなかった方向に
自分の運命が展開していって、

そこで花開きます。

夢を諦めないで!!
あなたなら、絶対にできます!!



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『人事を尽くして天命を待つ』の意味は?



人としてできるかぎりのことを実行し,その結果は天の意思にまかせる。

引用:大辞林 第三版

辞書を引くと、こうあります。

自分ができることをやり尽くして、
あとは、神様にすべてお任せする。

という事ですね。


このやり方をやり通して、
歴史に残る偉人になった人が居ます。

あの有名な

豊臣秀吉です♪

秀吉



貧しい農民の家に生まれ落ちた秀吉は、
サムライにあこがれ続けていました。そうしているところに、
たまたま、織田信長の「小物」として奉公できるように
なったんですね。



しかし小物は雑用係
秀吉は18歳でした。

小物は端的に言えば、
「草履取り」。

誠実に続けたとしても、
出世の見込みもない奴隷のような身分で、



戦闘に参加するどころか、
足軽ですらない、つまりサムライとして
出世する見込みゼロの身分だったんです( ̄- ̄;)



普通なら、すぐにイヤになって、
投げ出してしまいそうな環境にいたんですが、

秀吉は大喜びで、信長に感謝し、

自分ができることを考え続けて、
毎日、必死で実行していくんです。



信長の草履を、自分の懐に入れて
温めて出すというエピソードは

語り継がれる有名な話ですよね♪



秀吉は、もう自分の仕事に全神経を入れて
必死でがんばったんです。

頭の中で、
鎧を来て、戦場に赴く
かっこいいサムライのイメージを持ち続けて

がんばったと思います。




小物としてのがんばりが認められて、
ついに足軽に♪

ここでも、彼は大喜びで、
一生懸命に足軽の業務をこなし、

武士:サムライに出世できた訳です。
彼のがんばりは、もうずっと信長に注目されていて、

部下を任される侍大将になり、
現在の滋賀県(近江の国)の長浜城を持つ
大名になれました。



小物から、大名になるまで
なんと19年!!
∑(゚□゚;)



まさに、あっぱれのがんばりぶりです!!



「今に全力投球」が夢への最短コース




秀吉は、自分の生まれ育った環境から、
小物・足軽・武士・大名と、

その都度、精一杯その環境を楽しんで、
というか、自分で必死

ここに引用文が入ります。

楽しめるよう、工夫して、努力して

頑張りぬいたんですね。


すると、
神様・仏様が、道を開いていく。

まさか、天下と統一するという偉業を
成し遂げるなんて、

夢にも思っていなかっただろうに、
道の方から、どんどん開けて行くんです。



こうなったら、
楽しくてしょうがなくなりますよね♪



神様・仏様が準備している自分の将来が
一体どんなものなのか???
o(@^◇^@)o



普通はもう・・・・

このことわざの事なんて
まったく頭になくて、




今の状況への不平不満で一杯になるんです。



この私も、ずっとそうでした。


運命を呪った若い頃




私は、二人兄妹です。



兄はすでに50近くなんですが、
今、自宅を二世帯にして、一緒に暮らしています。

なぜかというと、

兄は、遺伝性・進行性の「白質ジストロフィー」という難病を
抱えており、1階でずっと寝たきりだからです。



現在は、口から物を食べると、
気道に誤飲する可能性があるため、

胃に穴を開けて、
食物を流し込む胃瘻(いろう)を行っており、

気道には痰が詰まるので、
気管を切開しているため、話せません。



そんな兄も子供の頃はびっこを引きながら、
母に手をつながれて歩いて学校にも通っていました。




当時は「白質ジストロフィー」という病気は
発見されていませんでしたから、

医者からは「小児麻痺」という診断をもらっていて、
何回も、病院に入院して足の手術をしていました。



覚えているのは、
夜、病院が手術をする前、
目に涙を一杯ためて、兄が母に慰められている光景です。




兄は当時、おそらく小学校の低学年だったので、
母が恋しくて、恋しくて
しょうがない年代だったと思います。



しかし、

兄は決して号泣しませんでした。

一生懸命、耐えているという感じです。

今から思い起こすと、
兄は、自分の障害の事について
不満なんて一切言った事がなかったし、



自分の状況のそのまま「受け入れている」

という姿勢を貫いていました。


学校でいじめられた時もそう。
車椅子を使うようになってからもそう。




兄は、生まれる前に、
この障害を持って「生きる」という事を
選んできたからでしょうか?

すべてにおいて、
彼は、納得し、悟っていたんですね。




妹である私はというと、

なんで、夜に病院に居なくちゃいけないのか、

お兄ちゃんはなんで、手術しなければいけないのか、

わからないだけに、
イヤでイヤでしょうがなかったです。
( ̄- ̄;)



友達と全く違う環境に生まれてきた自分に、
強烈なコンプレックスを抱きましたし、

違う家庭の子供に生まれ変わりたいとも思いました。




同時に、

私は学校ではいじめられっ子で、
勉強もできない、スポーツもだめ。

とダメダメづくしの子供でしたから、
www。

学校へ行っても、
その思いを発散する事もできなかったんです。


自分の設計図どおり運命は展開する

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私が、自分のなすべき事をはっきりと自覚できたのは
再婚してから。

(; ̄ー ̄A

私は、バツイチだったし、
母と兄の3人暮らしでしたから、
(父は他界しています)
再婚すると、新しい夫にかなり
精神的に負担をかけるなぁ・・・と
思っていたんです。

ところが、

知り合った当時から、
今の主人は、寝たきりの兄を見ても、
「そんな事関係ないよ」

と言って、最初から兄の介護を積極的に行い、
毎日、我が家の仏壇に手を合わせて、

お墓詣りも、彼の方がしっかり覚えていて、

ちゃんと連れて行ってくれるし、

私が好きな神社・仏閣めぐりも

近畿圏は基より、
はるか関東方面まで車で連れて行ってくれました。

そして、

主人の方からプロポーズしてくれたんです。


流産も経験しましたが、2年後、無事に娘も妊娠出産し、

彼も積極的に育児に協力してくれて、
おかげで娘も、すくすく元気に育っています。


現在は私自身、
自分の運命を受け入れている兄の介護と、
体力も衰えてきた母の介護をしながら、

自宅でネットを使って仕事もしています。



本当に、本当に・・幸せ!!!!o(@^◇^@)o


若い頃、体験した
つらい出来事と、今しなければならない事は、

おそらく、自分が前世で
次の世代への課題として
自分で自分に課した事だと思うんです。

それに気がついた事によって、

全て受け入れられるようになったんです。




今、自分がやるべきことを一生懸命やっていると、

神様・仏様は
「うん・・・!!
がんばっとるな!!!

じゃぁ、
プレゼントをやろうかの♪(^^)」

って感じで、思わぬプレゼントをくれるんですね♪



秀吉のようにとは思わないけど、(笑)
自分の夢は、何らかの形で実を結ぶ

という自信にもつながっているので、

今、楽しくてしょうがないです♪


時間はかかる。あきらめないで!!




ここで、重要な事を忘れないでください。

人事を尽くしても、夢を実現、
神様・仏様が導いてくれるようになるまでは、

あなたにその時期
来るまでは、時間が必要です。



もしかしたら、
あちらの世界で、神様・仏様が
あなたへのとっておきの
プレゼントを準備しているかもしれません。



それを楽しみにして、

今に感謝し、やれること、自分が今すべきことを
じっくり考えて、楽しみながら実行していきましょう~♪
(^^)

大丈夫!

大丈夫!!あなたなら、できます!!!



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