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河内長野にある金剛寺って
国宝の指定された
貴重な大日三尊の仏像があるってほんと?
















仏像にご興味があるんですか?(*^^*)



私も真言の効果を実感するようになってから

不動明王大日如来を好きになって
いろいろなお寺を参拝するようになりました。



今回、国宝に指定されたという
大日三尊がいらっしゃるという金剛寺に
参拝してきたんですよ!




しかも、こちらには、
河内の土豪 楠木正成の直筆の書状があるとのこと!



正成は寺院と密接な関係を結んでいたそうです。

詳細を解説しますね。(*^^*)


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河内長野 金剛寺とは?

天野山 金剛寺は、
大阪の南、河内長野市にあるお寺です。

創建は奈良時代といいますから、



豊臣秀吉・織田信長
徳川の庇護も受けて
重要な文化財は数多く残り、
かなり古く歴史を感じさせる寺院となっています。

ただし、

明治時代になると
廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)があったため、
塔頭などはかなり減少したようですが、



あの!楠木正成とのゆかりもあったとのことで、
興味しんしんででかけてきました。(笑)

廃仏毀釈とは?

明治時代に起こった仏教を除却しようとする運動で、
仏像・寺院や仏具なども壊されました。



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金剛寺とは?

天平年間といいますから、
はるか昔の奈良時代

聖武天皇の命により建立されたとされたお寺です。



聖武天皇の時代は

反乱や地震、流行り病など、

いろいろな災難に
見舞われる事が多かったんですね。


ですから、


聖武天皇は、深く信仰する御仏に救っていただこうと
奈良の東大寺大仏や、
他にも全国に国分寺・国分尼寺などを建立しました。


その流れで、
人望のあつい高層であった行基(ぎょうき)
(東大寺も行基が建立しました)
に依頼して、金剛寺も建立したという事
なんです。




後の平安時代には、空海も修行されたそうですが、
その後は、荒廃したとのこと。

しかし、
400年後

高野山の高層である
阿観上人(あかんしょうにん)という方が
金剛寺の再興を朝廷に奏上され、
こちらを復興
されたそうです。


時の天皇である後白河法皇
その妹、皇女八条院(はちじょういん)の後ろ盾もあって、

境内にある、金堂宝塔
楼(しょうろう)・影堂御・中門・食堂が建立されました。


そして、


後白河法皇と同様に密教を深く信仰している
妹八條院(はちじょういん)は、
寺域内にある御影堂
弘法大師像(真如親王筆)に安置したり、

金剛寺の行事を高野山と全く同じものされたそうです。


ですから、女人高野と呼ばれるようになりました。

女性は女人禁制の高野山に行かずとも
真言密教の修行積むことができるようなった
という訳ですね。
(^o^)



実は・・・・。
こちらに私が参拝したのには訳があるんです。



私は当初、仏像にはあまり興味がなかったんですが、
日頃、小さな事から、結構、びっくりする事まで
ショッキングが出来事が起こった時、

一心不乱に不動明王様のご真言を唱えると、
問題が解決していたんですねwww(^o^)



だから、という訳じゃないんですが、
大日如来様と、
その化身である不動明王様と、
ぜひとも、ご縁がいただきたかったんです。



私がイメージする不動明王はいつも
奈良県吉野山の
閼伽井(あかい)不動明王様なんですが、

ご縁をいただく不動明王は
何人か欲しいなぁ・・・と思ったので、
今回、こちらにお邪魔させていただく事にしたんです。



とにかく、不動明王のパワーは
ものすごいので、ご縁はいただいた方が
絶対得なんですよ(笑)


詳細はこちらに解説しています。

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓

不動明王の真言を唱える意味は?唱え方は仏像を窓口にすると効果大!

真言というのは、
唱えるだけでなく、
自分の敬愛する不動明王様をイメージして唱える事が
肝心
なんだそうです。


これは桜式日記の
桜井識子さんがそんな風にかかれていました。



金剛寺には国宝指定された、

大日如来、不動明王、降三世明王の三尊坐像、
大日三尊

というありがた~い仏様がいらっしゃるんです。(*^^*)



金剛寺の仏像

私達がこちらに伺ったのは、
ちょうどお昼前でした。

平日だったので、他の参拝者はほとんどおらず。



すぐに仏像に会いたかったので、
社務所で料金を払ってから、
大日三尊の場所を聞くと、

金堂の奥に
格子の向こうにいらっしゃる三尊を
参拝できるとのことだったので、

さっそく一人で金堂に向かいました。(^o^)



実は金剛寺は、
2009年(平成21年)から大修理が行われたんです。



その時に、
仏像内部にあった墨書から、
一番、右側にある
不動明王坐像
仏師 快慶(かいけい)の弟子である、
行快(ぎょうかい)が制作したと判明しました。


他の仏像、
真ん中の大日如来像
降三世明王坐像(ごうざんぜみょうおうぞう)は、
運慶(うんけい)作とされてきましたが、



仏像の体内には、墨書はなかったそうです。


天福2(1234)年に完成したことが判明。

また、大日如来坐像、
不動明王坐像、
降三世明王坐像の3体がそろうまで
約50年という歳月がかかっていたことも判明し、
平成29(2017)年3月10日、国宝に指定されました。


真言僧阿観が八条院の帰依を得て建立した河内金剛寺金堂の本尊像で,3メートルを越える巨大な大日如来像を中尊とする三尊像である。中尊は金剛寺の草創期である1180年前後の作で,大きさ,できばえともにこの時代の大日如来像を代表する作例と言え,光背・台座に弘法大師空海に由来する図像的な特色を示す点でも注目される。不動・降三世明王は最近の保存修理で銘文が確認され,仏師快慶の弟子,行快が天福2年(1234)に造ったことが判明した。三尊としての構成は智証大師円珍が中国よりもたらしたとされる尊勝曼荼羅に依拠しており,この図像になる唯一の遺品としても貴重である。保存修理に伴い,この度,初めて本格的な調査が実施された結果,この三尊像がおよそ半世紀をかけて造られ,以後おおむねその状態をとどめて今日まで伝えられてきたことが明らかになった。これを受けて国宝に指定する。
(平安時代・鎌倉時代)

引用:文化庁 文化審議会投信


また、金剛寺の見どころといえば、もう一つ。
これらの素晴らしい日本庭園









別料金を払わないと見られませんが、
鑑賞する価値は十分にあります。(*^^*)



だって、



こちらの庭園にある建物には、
かつての僧侶たちを始め、



あの、河内の豪商だった
楠木正成も通されていたかもしれないんですもん!(笑)


というのも、

こちらに、展示されている

重要文化財の
楠木氏文書(くすのきしもんじょ)が残っているんですが、


これは、河内長野で生まれ育った楠木正成が
鎌倉幕府が攻めてきた歳、
総力を持って、防戦することを願う事を
記載したものだそうです。



先日、NHKで見た歴史番組では、
楠木正成という人は、
こちらが考えられないような奇襲戦法を駆使して
活躍した武将だったそうです。


楠木さんがどんな人格の方だったのかは、
わかりませんが、



桜井識子さんもよく書かれているので、
興味がありますね。



かなり人なつっこい
「おっちゃん」なんだそうです(笑)


楠木正成さんは現在、
神戸の湊川神社
ご祭神となっていらっしゃるんだそう。



機会があれば、
ぜひとも、湊川神社にも参拝してこようと思います。


金剛寺 御朱印

御朱印は、4種類あります。

社務所に入ってすぐ、
御朱印をお願いしたのですが、
4種類あったので、

参拝している間、
ずっと記載されてました。



1枚 300円です。


天野山 金剛寺の御朱印
















































金剛寺のアクセス情報

天野山 金剛寺

住所:〒586-0086
    大阪府河内長野市天野町996
電話:0721-52-2046

【電車でのアクセス】

   JR大阪駅から大阪 環状線で
   新今宮 約15分

 ↓南海高野線 約30分

     河内長野駅 徒歩約4分

【車でのアクセス】

   大阪から
   阪和自動車道(均一区間) 経由 約60分

おわりに

今回、こちらにいらっしゃる
大日如来・不動明王と、
降三世明王にお目にかかれたのは本当に幸運でした。



だって、
大日三尊という形式で祀られているのは
金剛寺だけとの事。



また、坐像の降三世明王というのも、
かなり珍しいんだそうです。



格子状からしか、覗き見る事ができなかったのですが、
不動明王の真言も、
ちゃんと9回唱えてきました(^o^)



ご縁ができたかなぁ~・・・。
そう思って、すっきりとした気分で帰宅できましたよ。




仏像にご興味のあるあなたも、
ぜひ一度、機会を見つけて参拝されてみてはいかがでしょうか?



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